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2006.09.28
第10回「サハリン資源開発、北方領土問題を巡るロシアのシグナル」

 プーチン政権が立て続けに日本に対してシグナルを送っているが、アンテナが鈍くなった外務官僚にはそれがきちんと読み取れていないようである。情報収集を強化し、日本政府からきちんとシグナルを打ち返さないと、近未来に政治、経済の両面で日本の国益を毀損する事態が生じると筆者は危惧する。
 まず、9月18日にロシア天然資源省がサハリン大陸棚の石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」に対する開発認可を取り消す決定をした。「サハリン2」にはイギリス・オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが55%、三井物産が25%、三菱商事が20%の出資をしている。翌19日にロシア天然資源監督庁(天然資源省の外局)のミトボリ副長官は、環境団体やロイター、NHKなどの外国報道機関を呼んで、国営ロシア通信・ノーヴォスチ社で記者会見を行い、「『サハリン2』の事業主体のサハリン・エナジー社に対して、環境破壊容疑による刑事告発を検討している」(『asahi.com』9月19日)と本格的な脅しをかけてきた。
ここまでの情報では、ロシアの真意が奈辺にあるか読めなかったが、9月25日のプーチン大統領発言でロシアが本格的なサハリン戦略を組み立てていることが明らかになった。
〈ロシアのプーチン大統領は25日、サハリンで開発が進む石油・天然ガスのうち、パイプラインでロシア本土に運ばれる天然ガスについて『国内消費向けであり、国外には輸出しない』と述べた。日本の商社も参画するプロジェクト『サハリン1』を指しているとみられる。筆頭出資者エクソンモービルは、このルートで中国に天然ガスを輸出する交渉を進めているが、大統領はこれを認めない考えを明らかにしたといえる。/プーチン大統領は『ロシアに(天然ガスの)輸出窓口は一つしかない。それはガスプロムだ』と述べ、政府系ガスプロム社の独占的な役割を強調。『サハリン2』の認可取り消し問題と同様、外資主導の石油・天然ガス開発に政府が横やりを入れる形となった。〉(『asahi.com』9月26日)
 プーチン大統領は典型的なロシアの諜報機関員の文化を身に付けている。マスコミや他の閣僚を通じて観測気球をあげることはあるが、大統領自身が公の場で発言するときには既に戦略が採択されており、それを撤回することはない。
 更に9月25日のモスクワ発共同通信が次のニュースを伝えている。
〈ロシアのラブロフ外相が近く北方領土を訪問し、現地情勢について直接視察する方向で調整に入っていることが25日、複数のロシア側関係筋の話で分かった。同筋によると、同外相の北方領土訪問は初めてとなる。(略)ロシア側には外相訪問により北方4島はロシアの主権下にあるとの立場を誇示する狙いがあるとみられる。領土返還を求める日本には強いけん制となりそうだ。〉
 ロシアは帝国である。帝国では権力の密度は均一ではない。モスクワが強い関心をもっている地域以外はスカスカで、法の抜け道はいくらでもある。これまでサハリンはそのようなスカスカな地域だったが、9月25日のプーチン発言以降はそうではない。
 どうも東京の外務本省、モスクワの日本大使館、ユジノサハリンスクの日本総領事館も事態の深刻さを十分認識していないようだ。
 9月18日にモスクワで斎藤泰雄ロシア大使とトルトネフ天然資源相が対談しているが、報道された範囲では斎藤大使は相当とんまな対応をしている。ちなみに報道された範囲でとんまな対応をしているが、実際は見事な対応をした事例などというのは、一般論として存在しない。「会談でトルトネフ氏はサハリン2のパイプライン建設現場の写真を示し『54ヵ所で違法な森林伐採が行われた』などと指摘。3年前の監督庁の勧告が守られていないと述べた」(『asahi.com』9月19日)のに対し、斎藤大使は、「事業認可を取り消すほどの違反ではない」(同上)という返答をしたが、ロシア式交渉術を知らない素人が大使をしているから、こういうとんまな対応をするのだ。
 サハリンの事情に通じている者には、「サハリン・エナジー」社が深刻な環境破壊を行っていることは公然の秘密だ。知床でオオワシ(サハリンとの間の渡り鳥)の保護活動を行っている日本の専門家の意見を30分も聞けば事情はよくわかる。そのような状況で「事業認可を取り消すほどの違反ではない」などと環境破壊を擁護するというスタンスの発言をするだけで日本は「負け船」に乗ってしまう。「環境問題は重要なのでデータを送ってほしい」といってここは軽く受け流すとともに、ロシアを牽制する「嫌な話」をすることだ。具体的には南樺太(サハリン)と千島の地位について話をすればよい。筆者だったら駐露日本大使の発言として、次のような振り付けをする。
「トルトネフ大臣、貴官はサハリン情勢について強く関心をもたれると同時に、法令遵守を強調されている。そこで今回、是非、お話ししたいことがある。南樺太と千島列島は、日本が国際法に則って獲得した日本固有の領土である。しかし、先の戦争の結果、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は南樺太と千島を放棄した。しかし、南樺太と千島がどの国に帰属するかは決まっていない。ソ連はサンフランシスコ平和条約に署名しなかったので、この条約を援用できない。ソ連の法的継承国であるロシアが南樺太と千島を支配する国際法的根拠はないのである。ロシアは日本との戦略的提携を真摯に追求していると考えていたので、日本は法的な硬い話をしなかったのだが、ロシア側の行儀があまりよくないようなので、今日は雑談としてこの話をしておく。そうそう、言い忘れていたが、連合国、特にアメリカとイギリスが南樺太と千島列島の地位を決定する上で重要な役割を果たすので、このことについては日本としてもアメリカとイギリスに注意喚起をしておこうと思う」
 ロシアが強く出てきたら、日本も強く出て、ロシアが妥協の姿勢を示すときは日本も柔軟な対応をとるというのが対露交渉術のイロハである。
 斎藤大使よ! 4年前、あなたが東京地方検察庁特別捜査部の任意取り調べで、何を話したか、筆者は検察官から詳細に聞いている。また、あなたが今回、どういう経緯でモスクワの大使に任命されたかについても鈴木宗男衆議院議員から詳しく聞いている。今回は汚名返上のよいチャンスだ。国益のために裂帛(れっぱく)の気合いでロシアとの交渉にあたることを望む。気合いが不足するようならば、東京からマスコミと政治家が全力で後押しすることになると思う。(2006年9月26日記)